労働者の自己保健義務とは|安全配慮義務との違いや企業側の取り組み
監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
会社は「安全配慮義務」を負っており、労働者に対する安全や健康に関して注意する必要があります。しかし、労働者も「自己保健義務」を負うため、会社にすべてを任せることはできず、自身の健康を保つために気をつける責任があります。
この記事では、労働者の自己保健義務の内容や、自己保健義務とメンタルヘルスとの関係、会社が取り組むべきこと等について解説します。
目次
労働者の自己保健義務とは
労働者の自己保健義務とは、労働者が自分の健康を管理して、安全に働けるように努力する義務のことです。
例えば、会社から健康診断の受診を義務づけられていたら受診をする、といった義務があります。
この義務は労働者に課せられるものであり、会社側の義務ではありません。
会社としては、このような労働者が有する義務について就業規則に規定する等、労働者に周知させることが必要となるでしょう。
根拠となる法律と条文
労働者の自己保健義務の根拠となる規定は、労働安全衛生法で定められています。
該当する条文は以下のとおりです。
- 【労働安全衛生法第26条】
労働者は、事業者が第二十条から第二十五条まで及び前条第一項の規定に基づき講ずる措置に応じて、必要な事項を守らなければならない。 - 【労働安全衛生法第66条5項】
労働者は、前各項の規定により事業者が行なう健康診断を受けなければならない。ただし、事業者の指定した医師又は歯科医師が行なう健康診断を受けることを希望しない場合において、他の医師又は歯科医師の行なうこれらの規定による健康診断に相当する健康診断を受け、その結果を証明する書面を事業者に提出したときは、この限りでない。 - 【労働安全衛生法第66条の7第2項】
労働者は、前条の規定により通知された健康診断の結果及び前項の規定による保健指導を利用して、その健康の保持に努めるものとする。 - 【労働安全衛生法第69条2項】
労働者は、前項の事業者が講ずる措置を利用して、その健康の保持増進に努めるものとする。
安全配慮義務との違い
自己保健義務と安全配慮義務は、義務が課せられる対象が異なります。自己保健義務は労働者の義務であり、安全配慮義務は会社の義務です。
安全配慮義務は、1人でも労働契約を結んで、使用する場合には当然に発生します。労働者の怪我や病気、メンタルヘルス不調等の原因が、会社側の安全配慮義務違反であった場合、損害賠償を求められてしまうおそれもあります。
しかし、安全の確保には労働者本人の協力も必要なので、自己保健義務と併せて労働者の健康を守っています。
安全配慮義務について詳しく知りたい方は、以下の記事をご覧ください。
自己安全義務との違い
自己保健義務と自己安全義務には、以下のような違いがあります。
●自己保健義務:労働者が自身の健康管理に関して注意を払う義務
●自己安全義務:労働者が仕事中の安全を確保するために注意を払う義務
これらの最大の違いは、自己安全義務は仕事中の安全確保に注意を払う義務であることです。この点が、プライベートでも健康管理を求める自己保健義務とは異なります。
自己保健義務の内容として、主に以下のようなものが挙げられます。
- 健康診断の受診義務
- 自覚症状の申告義務
- 私生活上の健康管理義務
- 健康管理措置への協力義務
- 療養専念義務
これらの内容について、次項より解説します。
健康診断の受診義務
労働者には健康診断を受ける義務があり、特別な事情がなければ拒むことはできません。会社にも、常時使用する労働者などに健康診断を受けさせなければならないため、就業規則等で健康診断を受けるように定めておく必要があります。
健康診断は、一般的には会社が指定した医師又は歯科医師によるものを受けます。しかし、労働者が自分で代わりとなる健康診断を受けることは可能です。このとき、会社に健康診断の結果を提出しなければなりません。
健康診断の実施義務について詳しく知りたい方は、以下の記事をご覧ください。
自覚症状の申告義務
労働者は、健康診断のとき等に、自覚症状がある場合には申告する義務があります。
自覚症状があることを申告すると昇進などに影響する等、労働者は不利益を受けることを懸念して自覚症状を隠すケースがあります。しかし、本人の申告がなければ会社が把握することは困難です。
そのため、会社が産業医と連携する等して早めに適切な対応を行うためにも、自覚症状を教えてもらうことは重要です。
私生活上の健康管理義務
自己保健義務は労働者のプライベートにも及ぶため、私生活においても健康を保つように努める義務があります。
会社としても、労働者の私生活上のストレスや、飲酒・喫煙・睡眠不足等に注意を促しましょう。そして、労働者の体調が悪いように見える場合等では、必要に応じて医療機関への受診を勧めることが望ましいでしょう。
健康管理措置への協力義務
働きながら健康を維持することは難しいため、職場に健康を確保できる環境作りをすることで、労働者も意識しながら取り組むことができるでしょう。
具体的には、以下のような措置が挙げられます。
- 健康診断の受診、健康状態を把握して病気の予防をする
- レクリエーション企画等で体を動かす機会を作る
- 休憩スペースを作り、職場環境を整備する
- 社員食堂で栄養バランスの良い食事を提供する
- 健康セミナー等、啓発活動を実施する
療養専念義務
怪我や病気のために欠勤・休職している場合には、労働者は治療に専念しなければなりません。そのため、体調の悪化につながるような行為をすることは慎む必要があります。
通院や服薬等、治療に欠かせないことを怠ったり、安静が必要なのに遊び歩いたりするようなことを繰り返すと、自己保健義務に違反するとみなされるおそれがあります。
メンタルヘルスと自己保健義務の関係
労働者のメンタルヘルス不調を悪化させないために、労働者自身が使用者のメンタルヘルス措置に協力し、自身の健康確保に努めるように求めることが必要となります。
メンタルヘルスに関しては、本人のプライバシーの領域に属するため、企業側が直接話を聴いたり、病院に受診するように勧めたりすることは容易ではありません。そのため、産業医等と連携し、細かなサポートができる体制を整えておきましょう。
会社が行うべき対応を表にまとめたのでご覧ください。
ストレスチェックの実施 | メンタルヘルス不調を未然に防ぐことを目的としています。ストレスチェックの結果を踏まえて、予防や対策を講じることができます。 |
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相談窓口の設置 | 産業医やカウンセラーへの相談をする場所を設置します。メンタルへルス不調の予防や、悪化を防ぐ効果が得られるでしょう。 |
長時間労働禁止 | 長時間労働はストレスとなり、メンタルヘルス不調の原因になるため、長時間労働をさせないようにする必要があります。 また、長時間労働者には産業医による面接指導や、カウンセリングを実施する措置をとる必要があります。 |
メンタルヘルスについての詳細は、下記のページをご覧ください。
自己保健義務の意識を高めるための企業側の取り組み
実際に、労働者が自身の健康を守る義務がある、といった認識を持っている方は多くはないでしょう。労働者に自己保健義務があることについて周知させるためには、どのような対応をとれば良いでしょうか?
本項では、労働者に周知させる対応・取り組み等について説明していきます。
就業規則の整備・周知
自己保健義務は、合理的な労働条件であるため、就業規則に明文化することが望ましいです。就業規則は、労働者に周知するものであるため、有効といえるでしょう。
具体的な就業規則の規定例は、以下のとおりです。
- 勤務内外を問わず、健康の維持・増進に努める
- 医師及び産業保健スタッフの指示・指導を受けた場合は、従わなければならない
- 健康状態に異常がある場合は、速やかに会社に申し出、必要に応じ医師の診察を受け、回復に努める
従業員への教育研修の実施
使用する労働者のみでなく、使用者等の会社の管理職員も含めたすべての従業員に対して、自己保健義務についての教育や研修を行うことが望ましいでしょう。
労働者等への安全衛生教育については、下記のページをご覧ください。
自己保健義務違反の罰則と注意点
労働者が自己保健義務に違反したとしても、労働者が刑罰を受けることはありません。一方で、労働者が自己保健義務に違反している場合には、懲戒処分を行える可能性があります。
ただし、懲戒処分は労働者の言動の内容や悪質性に釣り合った処分にする必要があります。そのため、健康診断に行かなかっただけで懲戒処分とするのは難しいと考えられます。処分の妥当性については慎重に検討しましょう。
自己保健義務に関する裁判例
この項では、自己保健義務に関する裁判例を2つ紹介します。
【平成10年(ネ)第1785号 東京高等裁判所 平成11年7月28日判決、システムコンサルタント事件】
労働者Aは、入社直後から長時間残業を行っており、精神的にも緊張を伴う業務にあたっていました。そして、Aが患っていた高血圧がさらに悪化し、脳幹部出血によって死亡したため、Aの遺族は会社に対し、安全配慮義務違反であるとして損害賠償を求めました。
この事例においては、会社は特段の負担軽減措置を取らずに過重な業務を継続させたことから、会社の安全配慮義務違反が認められるとして損害賠償責任が認容されました。
しかし、その判断の中で裁判所は、Aは健康診断結果から自身が高血圧であり、治療が必要であると認識していたうえ、会社から精密検査を受診するよう指示されていたにもかかわらず、治療も受診も行わなかったことが認められ、自身の健康の保持について何ら配慮を行っていなかった事実を踏まえて損額につき50%の減額を行っています。
裁判所の認定から、労働者の自己保健義務を肯定したものと考えられます。
【昭和52年(ワ)第3147号 名古屋地方裁判所 昭和56年9月30日判決、住友林業事件】
労働者Aは単身赴任をしていましたが、激務や精神的疲労により、急性心筋梗塞を起こして死亡しました。そこで、Aの遺族が会社の安全配慮義務違反であるとし、損害賠償請求しました。
この事例では、会社にAの死について予見可能性があったとは認められず、過失があるとはいえないとして、裁判所は遺族の損害賠償請求を棄却しました。
判断の中で裁判所は、本人が多忙であったとはいえ、健康診断を受診するために上司に申し出るとか、自ら仕事内容を調整することは立場上可能であったと推認されるのに、そのような申し出をしたと認められない。会社において強制的にAに健康診断を受けさせる義務があったことが認められない以上、Aは自己の健康に対する過信からか健康診断受診を怠ったといわざるをえず、その責任は同人が負うべきと述べています。
裁判所の認定は、労働者の自己保健義務を肯定した判断であると考えられます。
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この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある