年俸制とは|月給制との違いやメリットについて解説
監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
年俸制は、1年間の給与額(年俸額)が事前に決まる給与体系です。個人の成績によって翌年の年俸額が決まるため、労働者のモチベーションを高めるのに効果的といえます。
また、月給制と違い、企業の業績や社会情勢に給与額が左右される心配もありません。
一方、年俸制では成績が悪ければ給与も下がるため、これまで年功序列型の賃金体系だった企業がいきなり導入すると、労働者の困惑や不満を招くおそれもあります。
年俸制を導入する際は、そのメリットやデメリット、正しい手続きの流れをしっかり理解しておくことが重要でしょう。本記事で詳しく解説しますので、ぜひ参考になさってください。
目次
年俸制とは
年俸制とは、給与額を1年単位で決定する給与体系のことです。
前年度の業務成績などを踏まえ、その年の給与額を決定するのが一般的です。主にスポーツ選手やプログラマーなど、高い専門性やスキルが求められる職業に向いています。
年俸制では、年俸額を12等分して毎月の給与として支払うのが一般的です。また、年俸額を14等分し、毎月の給与とボーナスを支給する方法もあります。
ただし、労働基準法では、年俸制に関する特別な規定はありません。
よって、他の給与体系と同じく、時間外労働に対しては「割増賃金」を支払う必要があります。また、残業時間や休日労働の上限も適用されます。
月給制との相違点
年俸制 | 月給制 | |
---|---|---|
給与の決定時期 | 1年ごと | 1ヶ月ごと |
業績の変動による影響 | 受けない | 受ける可能性あり |
採用されやすい企業 | 成果主義、能力主義 | 年功序列、終身雇用 |
年俸制では、一度決まった年俸額が変わることは基本的にありません。そのため、年度の初めに1年間の総収入を把握することができます。
また、「成果主義」に基づき人事評価を行う外資系企業などで導入されるケースが多くなっています。
月給制の場合、企業の業績や情勢によって賞与額などが変動する可能性があります。
ただし、年度が変わっても基本給が大幅に下がる可能性は低いため、比較的安定した収入が見込める「年功序列型」の企業で多く採用されています。
年俸制のメリット
年俸制を導入すると、どんなメリットがあるのでしょうか。企業側、労働者側それぞれの立場からご紹介します。導入を検討されている方は、参考にしてみてください。
企業側のメリット
経営計画が立てやすい
年俸制では、あらかじめ年間の人件費(給与の総額)を把握することができます。そのため、年度途中で、大幅な人件費の見直しや資金計画の是正が発生する心配がありません。
一方、月給制などの場合、業績悪化により賞与などの見直しが必要となります。
労働者のモチベーションがアップする
年俸制は個人の成績に基づいて給与が決まるため、労働者のモチベーションや生産性の向上が期待できます。若手社員でも成果を上げれば給与に反映されるため、企業の活性化や業績アップにつながるでしょう。
労働者側のメリット
長期的な資金計画を立てやすい
年俸制は、事前に年間の総収入を把握できるため、ライフプランを立てやすくなります。家や車を購入したり、教育資金にあてたりすることもできます。
また、業績変動による賞与カットや減給などの影響を受けないため、ローンの支払いが滞る心配もありません。
給与の大幅アップが狙える
個人の成績によって公正に評価されるため、若手社員でも給与の大幅アップが見込めます。業務に対する姿勢ややる気もアップするでしょう。
一方、月給制などの場合、年齢や勤続年数に応じて給与も上がるため、労働意欲の低下を招く可能性があります。
年俸制のデメリット
年俸制にはデメリットもあるため、知らずに導入すると思わぬトラブルにつながる可能性があります。マイナス面もきちんと確認しておくのが安心でしょう。企業側・労働者側それぞれの立場からご紹介します。
企業側のデメリット
人件費の調整ができない
労働者が思うような成果を上げられなかったり、大きなミスをして損失を出したりしても、途中で年俸額を変更することはできません。一度決めた年俸を減額すると、労働契約違反として違法です。
労働者の動きなどを想定した上で、年俸額を決めることが重要です。
チーム力が下がる
労働者は自身の評価を上げるため、個人主義になってしまうおそれがあります。チームや職場の連携がおろそかになり、業務が滞るリスクもあるでしょう。
公正な評価方法が求められる
評価方法が曖昧だと、労働者の不満やモチベーションの低下を招くおそれがあります。評価項目や評価基準を明確にし、きちんと周知することが必要です。
労働者側のデメリット
収入が安定しない
その年の成果や業績によっては、翌年の給与が大幅に下がる可能性があります。プレッシャーや焦りを感じ、本来の実力を出し切れないおそれもあるでしょう。また、競争意識に耐え切れず、メンタル不調や離職につながることも考えられます。
部署によって評価方法が異なる
営業職等の場合、顧客数や売上額をすぐに把握でき、公正に評価ができます。
しかし、総務部や経理部等、成果が数値であらわれない部署を客観的に評価するのは容易ではありません。結局勤続年数などに基づいて評価されてしまうと、労働意欲も低下するでしょう。
年俸額について
年俸額の決め方に関する法規定はないため、年俸額の基準は企業が自由に決めることができます。
一般的には、就業規則等の賃金規程に定められた方法に則って計算するケースや、経営者が提示した年俸額に労働者が同意することで決まるケースなどが考えられます。
では、年俸制にすることで、「各種手当」、「割増賃金」、「賞与」、「退職金」の取扱いも変わるのでしょうか。順にみていきましょう。
残業代
年俸制でも、法定労働時間を超えて働いた場合は「割増賃金」を支払う必要があります。
もっとも、一定時間の固定残業代やみなし残業代をあらかじめ年俸額に含むことも可能です。
ただし、その場合、「基本給と残業代がそれぞれいくらなのか」、「何時間分の残業代を含んでいるのか」などについて労働者の同意を得たうえで、就業規則等に定めておく必要があります。労働契約書や就業規則で定めておくと良いでしょう。
また、残業代が年俸額に含まれることについて同意を得ていても、基本給と残業代の区別が不明瞭だと違法にあたる可能性があるため注意が必要です。
残業代の取扱いは、以下のページでも詳しく解説しています。
賞与(ボーナス)
年俸制における賞与(ボーナス)の取扱いは、以下の2パターンがあります。
【年俸とは別に賞与を支給する】
年俸額を12等分した金額を、毎月の給与として支払います。さらに、業績や経営状況に応じて、別途賞与も支給します。
この場合、賞与の金額は会社が決めるため、ボーナスカットや賞与減額なども認められます(ただし、就業規則などで支給額が明示されているケースを除きます)。
【年俸に賞与を含める】
年俸額を14等分又は16等分した金額を、毎月の給与として支払います。また、残りの2等分又は4等分を、賞与として支給します。よって、実際の総収入は年俸額と同額になります。
この場合、業績悪化などを理由に賞与を減額することはできません。法律上、賞与は「あらかじめ金額が決まっていないもの」とされていますが、本ケースは事前に支給額が確定しているためです。
賞与の概要から知りたい方は、以下のページをご覧ください。
退職金
年俸制でも、就業規則等に応じて退職金を支給することがあります。
もっとも、「退職金制度」は法律上の義務ではないため、退職金制度を設けるかどうかは、各企業が自由に決めることができます。
退職金の意義や必要性、算定方法など、「退職金」にまつわる基礎知識は以下のページで解説しています。
各種手当
各種手当とは、「家族手当」、「住宅手当」、「通勤手当」などがあります。
就業規則などに規定がある場合、年俸制であっても手当を支給しなければなりません。一方、就業規則に規定がない場合、法律上の義務ではないため手当を支給する必要はありません。
また、「年俸制の社員には各種手当を支給しない」などと定め、支給対象から外すことも可能です。
なお、「通勤手当」の取扱いには注意が必要です。
通勤手当は一定額までは非課税ですが、年俸額に含めて支給する場合、課税対象となり労働者の負担が生じるためです。
手当と税金の関係性は、以下のページで詳しく解説しています。
年俸制の導入方法
年俸制を導入する際は、さまざまな手続きが必要となります。おおまかな流れは以下のとおりです。
- 年俸制の対象者を決める
- 年俸制の構成要素を決める
- 人事評価制度を整備する
- 目標管理制度を確立する
- 年俸額を決定する
また、年俸制は「賃金に関する項目」にあたるため、必ず就業規則に記載しなければなりません。就業規則を変更する場合、労働者側の意見を聴いたうえで、所轄の労働基準監督署に届け出る必要があります。
さらに、年俸制によって給与が下がるなどの不利益が生じる場合、基本的に当該労働者から個別に同意を得てから導入する必要があります。
各手順の詳しい流れは、以下のページをご覧ください。
年俸制を導入する際の就業規則や雇用契約書の記載方法
年俸制の導入が決まったら、「就業規則」や「雇用契約書」を変更する必要があります。また、雇用契約書のほか、労働条件通知書の提示も必要となります。
労働条件通知書とは、労働時間や賃金などの“労働条件”について、会社から労働者へ一方的に通知するための書面です。
法律上、労使の署名・捺印が必要な雇用契約書とは異なり、法律上、労働条件通知書は必ず提示することが義務付けられています。
年俸制の導入時、就業規則や雇用契約書に記載すべきなのは以下の項目です。
- 適用対象者
- 年俸額の決定基準
- 年俸額の決定時期
- 支払方法
年俸制の給与の支払いにおける注意点
年俸制ではあらかじめ年間の給与額が決まりますが、それを一度に支給することはできません。事業主は、年俸額を分割して毎月の給与として支払う必要があります。
これは、法律上、「給与は毎月1回以上支払わなければならない」という規定があるためです(労働基準法24条2項)。
支払方法は、年俸額を12等分して毎月支給したり、14等分又は16等分し、毎月の給与と賞与を支給したりするのが一般的です。
また、労働者の誤解を生まないため、支払方法については就業規則で具体的に定めておくことが重要です。
賃金の支払いには、他にもいくつかルールがあるため注意が必要です。詳しくは以下のページをご覧ください。
年俸額の更改
年俸額は、制度導入時に就業規則等に定めた「年俸額に関する規定」に沿って、労働者の同意を得たうえで1年ごとに更改します。
更改によって、年俸額が変わる場合の対応について詳しくみていきましょう。
年俸額の減額
次年度の年俸額を減額する場合、基本的に労働者本人の同意を得る必要があります。そのため、企業が一方的に年俸額を引き下げることはできません。
具体的には、契約書などに労使双方が署名・捺印することで合意が成立します。
なお、合意がないまま次年度に突入した場合、前年度の年俸額がそのまま維持されるのが一般的です。
年途中の減額
年度の途中で、業績不振などを理由に年俸額を減額することは、契約違反にあたります。
年俸制の場合、年度の初めに1年の年俸額に合意したうえで契約を結んでいるため、労働者の同意もなく、年度の途中に給与を減額することはできません。
また、「減額に同意しなければ解雇する」などと脅して得た同意については、労働者の自由意思に基づくものとはいえないため、無効となるおそれがあります。
年俸制の増額・昇給
年俸額の更改時には、増額を検討するケースもあります。増額についても、就業規則等に定めた“年俸額を決定するための手続”に沿って行います。
なお、年俸額は、労働者個人の成果・実績に応じて1年ごとに増減する仕組みであるため、勤続年数等に応じて毎年基本給が増額する“定期昇給”はありません。
中途入社・中途退職者への年俸の考え方
あらかじめ年俸額が決まっている労働者は、中途入社や中途退職において特別な対応が必要です。トラブルやミスを起こさないよう、しっかり把握しておきましょう。
中途入社
中途入社の場合、当該労働者の年俸は、入社日から次の更改日までの期間を年俸対象期間とするのが通例です。
例えば、本来の年俸対象期間が4/1から3/31であれば、入社日から3/31までの在籍期間をもとに年俸額を決定します。
ただし、その期間が極端に短い場合は、同水準の労働者の平均額を採用するなどの対応をとることもあります。企業側は、他の労働者と比較して、当該労働者が不利な状況にならないような配慮が求められます。
中途退職
年俸制を適用する労働者が中途退職した場合、退職日までの働いた期間に応じて日割りで給与を支払います。よって、1年間の給与額が確定していたとしても、特段の定めがない限り、働いていない期間の分まで支払う必要はありません。
また、本来年俸制の契約は、労働者に1年を通して働いてもらうことを踏まえて締結しているため、労働者都合で中途退職する場合(病気療養などやむを得ない場合は除く)には、労働者に対して損害賠償請求をすることも可能な場合があります(民法628条)。
年俸制における欠勤控除の可否
年俸制において、労働者の都合による欠勤・遅刻・早退などがあった場合、その分の給与を控除することは可能です。年俸額を所定の労働日数で割って日額を算出し、欠勤等に応じた日数分を控除する方法が一般的です。
もっとも、欠勤控除をするかどうか、また、その計算方法については、就業規則等の内容によります。欠勤控除を予定している場合は、就業規則をしっかり整備しておきましょう。
遅刻・早退の計算方法や、計算で端数が出た場合の取扱いなど、「欠勤控除」についてさらに詳しく知りたい方は、以下のページをご覧ください。
年俸制を採用している場合の税金・保険料の取扱い
年俸制の支払方法には、毎月均等額を支給する方法、賞与も含み年2回●ヶ月分支給する方法などいくつかの選択肢があります。どの方法をとるかによって、労働者にかかる税金や社会保険料の額が変わるため注意が必要です。
例えば、月の手取り額が多いと、その分納める社会保険料も多くなります。一方、将来的に受け取れる年金額などは納めた分だけ多くなります。
現在の負担が少ない方が良いか、将来の補償が少しでも多い方が良いかなど、何をメリット・デメリットととらえるかは労働者によって異なるため、一概にどちらが良いとはいえませんが、そのような影響があるということを覚えておきましょう。
年俸労働者の解雇
労働基準法では、労働者を解雇する場合、雇用形態を問わず、少なくとも30日前に予告するか、30日分の平均賃金を支払うことが義務付けられています(労基法20条)。これは、年俸制の労働についても同様です。
一方、民法では、6ヶ月以上の期間で報酬を定めた契約を解除するときは、3ヶ月以上前に予告するよう定められています(民法627条)。
年俸制は1年間の報酬を定めた契約であるため、会社側の都合により即日解雇などとする場合、労働者から3ヶ月分の給与相当の損害賠償請求がなされる可能性があります。このリスクを考慮すると、3ヶ月前に解雇予告することが堅実といえるでしょう。
以下のページでは、解雇予告の方法や、解雇予告・解雇予告手当支給の対象にならない解雇事由などについて解説しています。こちらもぜひご覧ください。
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この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある