年俸制とは|月給制との違いやメリット・デメリットについて
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監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
年俸制とは、労働者の成果に応じて1年間の給与額(年俸額)を事前に決める給与体系をいいます。個人の成績によって翌年の年俸額が決まるため、労働者の働く意欲を高めるのに効果的と考えられます。
一方、年俸制では成績が悪い場合には給与が大きく下がる可能性もあるため、今まで年功序列型の賃金体系だった企業がいきなり導入すると、労働者の困惑や不満を招くおそれもあります。
本記事では、
・年俸制の概要
・年俸制のメリット・デメリット
・年俸制におけるボーナスや残業代の扱い、導入方法
などについて詳しく解説しますので、ぜひ参考になさってください。
年俸制とは
年俸制とは、従業員の能力や成果、業績等を重視して、一年単位で給与を決定する賃金制度です。
スポーツ選手などに適用されることが多いと考えられる制度ですが、成果主義を採用している会社において、高い専門性やスキルが求められる労働者に採用される例が多いです。
給与総額は複数の要素をもとに決定され、特に前年度の業務実績や評価が基準になると考えられています。
労働基準法では、年俸制に関する特別な規定はありませんが、規模の小さな会社では労使の合意によって金額を決めるケースが多いです。
年俸制と月給制の違い
年俸制 | 月給制 | |
---|---|---|
給与の決定時期 | 1年ごと | 1ヶ月ごと |
業績の変動による影響 | 受けない | 受ける可能性あり |
採用されやすい企業 | 成果主義、能力主義 | 年功序列、終身雇用 |
年俸制では、一度決まった年俸額が変わることは基本的にないと考えられています。また、「成果主義」に基づき人事評価を行う外資系企業などで導入されるケースが多くなっており、基本的には1年間の給与額を12ヶ月に分割して支払われます。
一方で、月給制では毎月給与が変動する可能性があり、企業の業績や情勢による影響を受けます。年度が変わっても基本給が大幅に下がるケースは少ないので、比較的安定した収入が見込める「年功序列型」の企業で多く採用されています。
年俸額の決め方
年俸額の決め方に関する法規定はないため、年俸額の基準は企業が自由に決めることができます。
多くの会社では、主に前年度の評価を基準とします。就業規則等の賃金規程に定められた方法に則って計算を行い、算出した金額を労働者に提示して、労使双方の合意によって金額を最終決定することとなります。
支払い方法
支払方法は、年俸額を12等分して毎月支給したり、14等分又は16等分し、毎月の給与と賞与を支給するのが一般的です。
年俸制ではあらかじめ年間の給与額が決まりますが、それを一度に支給することはできないと考えられています。事業主は、年俸額を分割して毎月の給与として支払う必要があります。
これは、法律上、「給与は毎月1回以上支払わなければならない」という規定があるためです(労基法24条2項)。
毎月の支払日は、一定の期日であれば会社が自由に決めることができると考えられています。基本的には、年俸制の労働者についても月給制の支払日と同じにするケースが多いです。
賃金の支払いには、他にもいくつかルールがあるため注意が必要です。詳しくは以下のページをご覧ください。
年俸制のメリット・デメリット
年俸制にはメリットがありますが、デメリットもあるため、安易に導入すると思わぬトラブルにつながるリスクがあります。
プラス面もマイナス面も、きちんと確認しておくのが安心でしょう。
企業側・労働者側それぞれの立場から、次項よりご紹介します。
企業側のメリット
経営計画が立てやすい
年俸制では、あらかじめ年間の人件費(給与の総額)を把握することができます。そのため、年度途中で、大幅な人件費の見直しや資金計画の是正が発生する心配がありません。
一方、月給制などの場合、業績悪化により賞与などの見直しが必要となります。
労働者のモチベーションがアップする
年俸制は個人の成績に基づいて給与が決まるため、労働者のモチベーションや生産性の向上が期待できます。若手社員でも成果を上げれば給与に反映されるため、企業の活性化や業績アップにつながるでしょう。
労働者側のメリット
長期的な資金計画を立てやすい
年俸制は、事前に年間の総収入を把握できるため、ライフプランを立てやすくなります。家や車を購入したり、教育資金にあてたりすることもできます。
また、業績変動による賞与カットや減給などの影響を受けないため、ローンの支払いが滞る心配もありません。
年俸制では、年齢や勤続年数等に関係なく、個人の成果や業績等が給与額に影響します。そのため、個人の成績が公正に評価され、若手社員でも給与の大幅アップが見込めます。業務に対する姿勢ややる気もアップするでしょう。
一方、月給制の場合、年齢や勤続年数に応じて給与も上がるため、若手社員のうちは高い給与額が期待できない場合が多く、労働意欲の低下を招くおそれがあります。
企業側のデメリット
年度途中は賃金制度を変更できない
年俸制は、事前に決めた給与額を毎月支払う必要があるため、経営状況が悪化しても給与額を下げる事が困難となります。
また、想定していた成果が得られなかったとしても、給与額を途中で変更することは困難と考えられます。
賞与や残業代の取り扱いが複雑
年俸制では、月給制と同様に残業代の支払いが必要となります。また、賞与が支払われる場合もあります。
しかし、年俸を14や16で割った金額を月給として、余った金額を賞与として支給する場合、その賞与は事前に支給が決まっているため、残業代を計算するときに賞与の金額を除外することができないと考えられます。
残業代の計算に賞与を含めないようにするためには、賞与の金額を年俸とは別に決めるための制度を導入しなければならず、月給制よりも複雑になりがちだと考えられます。
公正な評価方法が求められる
評価方法が曖昧だと、労働者の不満やモチベーションの低下を招くおそれがあります。評価項目や評価基準を明確にし、きちんと周知することが必要です。
労働者側のデメリット
メンタルの不調につながる可能性がある
年俸制の場合、一度決まった給与額が月によって変動する可能性は低いと考えられますが、その年の成果や業績によっては、翌年の給与が大幅に下がる可能性があります。
年俸の水準を維持するためには、常に成果や業績を上げ続ける必要があるため、プレッシャーや焦りによって、本来の実力を出し切れないおそれも想定されます。
また、競争意識に耐え切れず、メンタル不調や離職につながることも考えられます。
残業代が支払われない場合がある
年俸制を適用している労働者であっても、基本的には月給制の労働者と同じように残業代を支払う必要があります(労基法37条)。
ただし、年俸に固定残業代が含まれており、適切に適用している場合には、固定残業代として定められた労働時間の範囲内では、残業代を支払う必要がないと考えられます。固定残業代を上回る残業代が発生した場合については、上回った部分を支払う義務が生じます。
年俸制における残業代や賞与(ボーナス)などの取り扱い
年俸制であっても、残業代が発生する場合や、賞与を支給する場合があります。
これらのケースについて、次項より解説します。
残業代
年俸制でも、法定労働時間を超えて働いた場合は「割増賃金」を支払う必要があります。
もっとも、一定時間の固定残業代やみなし残業代をあらかじめ年俸額に含むことも可能です。
ただし、その場合、「基本給と残業代がそれぞれいくらなのか」、「何時間分の残業代を含んでいるのか」などについて労働者の同意を得たうえで、就業規則等に定めておく必要があります。労働契約書や就業規則で定めておくと良いでしょう。
また、残業代が年俸額に含まれることについて同意を得ていても、基本給と残業代の区別が不明瞭だと違法にあたる可能性があるため注意が必要です。
残業代の取扱いは、以下のページでも詳しく解説しています。
賞与(ボーナス)
年俸制における賞与(ボーナス)の取扱いは、以下の2パターンがあります。
【年俸とは別に賞与を支給する】
年俸額を12等分した金額を、毎月の給与として支払います。さらに、業績や経営状況に応じて、別途賞与も支給します。
この場合、賞与の金額は会社が決めるため、ボーナスカットや賞与減額なども認められます(ただし、就業規則などで支給額が明示されているケースを除きます)。
【年俸に賞与を含める】
年俸額を14等分又は16等分した金額を、毎月の給与として支払います。また、残りの2等分又は4等分を、賞与として支給します。よって、実際の総収入は年俸額と同額になります。
この場合、業績悪化などを理由に賞与を減額することはできません。法律上、賞与は「あらかじめ金額が決まっていないもの」とされていますが、本ケースは事前に支給額が確定しているためです。
賞与の概要から知りたい方は、以下のページをご覧ください。
欠勤控除
年俸制において、労働者の都合による欠勤・遅刻・早退などがあった場合、その分の給与を控除することは可能です。年俸額を所定の労働日数で割って日額を算出し、欠勤等に応じた日数分を控除する方法が一般的です。
もっとも、欠勤控除をするかどうか、また、その計算方法については、就業規則等の内容によります。欠勤控除を予定している場合は、就業規則をしっかり整備しておきましょう。
遅刻・早退の計算方法や、計算で端数が出た場合の取扱いなど、「欠勤控除」についてさらに詳しく知りたい方は、以下のページをご覧ください。
税金・社会保険料
年俸制の支払方法には、毎月均等額を支給する方法、賞与も含めて支給する方法などいくつかの選択肢があります。そして、どの方法をとるかによって、労働者にかかる税金や社会保険料の額が変わります。
例えば、月の手取り額が多いと、その分納める社会保険料も多くなります。一方、将来的に受け取れる年金額などは多くなります。
どちらが良いと感じるかは労働者によりますが、支給方法による影響があることを覚えておく必要があるでしょう。
年俸制の導入方法
年俸制を導入する際は、さまざまな手続きが必要となります。おおまかな流れは以下のとおりです。
- 年俸制の対象者を決める
- 年俸制の構成要素を決める
- 人事評価制度を整備する
- 目標管理制度を確立する
- 年俸額を決定する
また、年俸制は「賃金に関する項目」にあたるため、必ず就業規則に記載しなければなりません。就業規則を変更する場合、労働者側の意見を聴いたうえで、所轄の労働基準監督署に届け出る必要があります。
さらに、年俸制によって給与が下がるなどの不利益が生じる場合、基本的に当該労働者から個別に同意を得てから導入する必要があります。
各手順の詳しい流れは、以下のページをご覧ください。
就業規則や雇用契約書の記載方法
年俸制の導入が決まったら、「就業規則」や「雇用契約書」を変更する必要があります。また、雇用契約書のほか、労働条件通知書の提示も必要となります。
労働条件通知書とは、労働時間や賃金などの“労働条件”について、会社から労働者へ一方的に通知するための書面です。
法律上、労使の署名・捺印が必要な雇用契約書とは異なり、法律上、労働条件通知書は必ず提示することが義務付けられています。
年俸制の導入時、就業規則や雇用契約書に記載すべきなのは以下の項目です。
- 適用対象者
- 年俸額の決定基準
- 年俸額の決定時期
- 支払方法
年俸額の更改
年俸額は、制度導入時に就業規則等に定めた「年俸額に関する規定」に沿って、労働者の同意を得たうえで1年ごとに更改します。
更改によって、年俸額が変わる場合の対応について詳しくみていきましょう。
年俸額の減額
次年度の年俸額を減額する場合、基本的に労働者本人の同意を得る必要があります。そのため、企業が一方的に年俸額を引き下げることはできないと考えられます。
具体的には、契約書などに労使双方が署名・捺印することで合意が成立します。
また、年俸制の場合、年度の初めに1年の年俸額に合意したうえで契約を結んでいるため、労働者の同意もなく、年度の途中に給与を減額することはできないと考えられます。
加えて、「減額に同意しなければ解雇する」などと脅して得た同意については、労働者の自由意思に基づくものとはいえないため、無効となる可能性が高いです。
どうしても年俸額を変更しなければならない場合には、なぜ変更する必要があるのかを十分に説明して、必ず合意を得るようにしましょう。
年俸制の増額・昇給
年俸額の更改時には、増額を検討するケースもあります。増額についても、就業規則等に定めた“年俸額を決定するための手続”に沿って行います。
なお、年俸額は、労働者個人の成果・実績に応じて1年ごとに増減する仕組みであるため、勤続年数等に応じて毎年基本給が増額する“定期昇給”はありません。
中途入社・中途退職者への年俸の考え方
あらかじめ年俸額が決まっている労働者は、中途入社や中途退職において特別な対応が必要です。トラブルやミスを起こさないよう、しっかり把握しておきましょう。
中途入社
中途入社した労働者の場合、入社日から次の更改日までの期間が年俸の対象期間となります。例えば、4月1日から3月31日までが年俸の対象期間であれば、入社した年度については入社日から3月31日までが年俸の対象期間となります。
労働者が7月1日に入社しており、年俸600万円のケースについては、初年度に実際に支給する年俸額は以下のとおりです。
600万円×在籍9ヶ月÷12ヶ月=450万円
よって、初年度の年俸額は450万円となります。
なお、翌年度からの年俸額を決定するタイミングは、基本的に既存社員と同じです。
中途退職
年俸制を適用する労働者が中途退職した場合、退職日までの働いた期間に応じて日割りで給与を支払います。よって、1年間の給与額が確定していたとしても、特段の定めがない限り、働いていない期間の分まで支払う必要はありません。これは、労働者を解雇した場合についても同様です。
ただし、会社都合による解雇の場合、基本的には残りの年俸を全額支払わなければならない可能性があります。
賞与の支給については労働契約等によるものの、賞与も含めた年俸を定めていた場合、勤めた期間に応じた賞与を支給しなければならないケースが多いです。
また、本来年俸制の契約は、労働者に1年を通して働いてもらうことを踏まえて締結しているため、傷病等を除く労働者都合で中途退職する場合には、労働者に対して損害賠償請求をすることも可能な場合があります(民法628条)。
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この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある