労働者が死亡した場合の「死亡退職金」について
監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
労働者が死亡した場合に、企業は遺族に対して「死亡退職金」を支給することがあります。
死亡退職金には、遺族の生活を保障する等の意義がありますが、亡くなった本人が受け取ることはできないため、遺族に対して支払うことになります。そのため、遺族のなかで誰が死亡退職金を受け取る権利があるのかについて争いが生じるおそれがあります。
そこで、死亡退職金について理解したうえで必要な規定を就業規則等に設けて、トラブルにならないように運用しなければなりません。
本記事では、死亡退職金の概要と支払先、相場や計算方法等について解説します。
目次
死亡退職金とは
「死亡退職金」とは、労働者の死亡による退職を機に発生する退職金のことであり、死亡した本人の代わりに遺族に対して支払います。
死亡退職金を支払う制度を定めるのは企業の任意であり、支払う義務はありません。また、「死亡手当金」や「功労金」といった名目で、同様の金銭を支払う制度を設ける企業もあります。
死亡退職金を支払うことには、亡くなった労働者の功労の対価とすることや、遺族の生活を保障すること等の意義があります。
通常の退職金との違い
死亡退職金は、通常の退職金とは性質が異なり、遺族に対して支給されます。これは、遺族の生活を保障すること等を目的としているからです。一方で、通常の退職金は、社員の定着率を向上させること等を目的としています。
通常の退職金は労働者の所得であるため所得税がかかります。しかし、死亡退職金は遺族に支給される金銭であるため、相続税がかかります。
これらの相違点を以下の表にまとめたのでご覧ください。
通常の退職金 | 死亡退職金 | |
---|---|---|
性質 |
|
|
税金 | 所得税がかかる | 相続税がかかる |
弔慰金との違い
死亡退職金と似たものに「弔慰金」があります。弔慰金とは、亡くなった方を弔う気持ちを表し、遺族を慰めるための金銭です。企業にとっての功労者については金額が大きくなるケースがあります。
弔慰金には、基本的に相続税がかかりません。ただし、労働者が死亡したときの1.5年分の給与を上回るような金額になると、相続税がかかるおそれがあります。
死亡退職金は、「500万円×法定相続人の数」が基礎控除とされており、基礎控除を上回る金額に相続税がかかります。
弔慰金 | 死亡退職金 | |
---|---|---|
性質 | 死亡した労働者の功労に報いる意味合いが強い | 遺族の生活保障としての意味合いが強い |
税金 | 相続税はかからない | 相続税がかかる |
死亡退職金の支払先(受取人)
死亡退職金は、通常の退職金と違って本人が受け取れないため、遺族に支払うことになります。そのため、適切な措置を講じなければ、遺族の死亡退職金の相続問題に巻き込まれるおそれがあります。
そこで、労働協約や就業規則、退職金規程等に、「配偶者に支払う」等の具体的な支払先を定め、それに従って支払うことを推奨します。なお、支払先の具体的な定めがない場合は、法定相続人に支払うのが一般的です。
就業規則等で規定していない場合
就業規則等に死亡退職金の支払先を定めていない場合には、死亡退職金は相続財産として扱われるため、遺言書に指定があればそれに従い、指定がなければ法定相続分によって分配されます。
遺産の相続順位は民法によって定められています。
相続関係は割合も含めて複雑なところがありますので、専門家に相談されるのが良いでしょう。
就業規則等で規定している場合
就業規則等で支払先が具体的に定められていれば、死亡退職金は、その就業規則等の規程によって決まった受給権者が取得することになります。そのため、相続財産には属さず、受給権者固有の財産になります。
なお、会社が「死亡退職金」の受給権者の範囲や支払先の順位を定めるにあたっては、労基則42条~45条あるいは労災法16条の7に準ずる運用とすることが一般的です。
【労基則第42条の順序】
(1)配偶者(内縁の配偶者を含む)
(2)生計を一にしていた家族で、子、父母、孫、祖父母の順
(3)生計を一にしない子、父母、孫、祖父母、兄弟姉妹の順
相続人不明の場合の死亡退職金
相続財産としての性質がある死亡退職金の支払先は、遺言による指定がなければ法定相続人となりますが、相続人がいるか不明な場合には「相続人調査」を行う必要があります。
相続人調査では、死亡した労働者の出生から死亡までの全ての戸籍謄本等を取得して、相続人に当たる者がいるかどうかを確認します。調査の結果、相続人の存在が判明すれば、死亡退職金の支払先はその相続人となります。
他方で、相続人がいないことが判明したときには、家庭裁判所に対して相続財産管理人選任の申立てを行い、選任された相続財産管理人が死亡退職金を管理します。具体的には、死亡した労働者からの申し出の受付や相続人の捜索等を行います。
死亡退職金の供託について
死亡した労働者の相続人が不明の場合には、債権者不確知(お金を受け取る権利が誰にあるのかが分からないこと)を理由として、法務局に弁済供託をすることが可能です(民法494条)。
弁済供託とは、法務局にある供託所という公的機関にお金を預けることによって、そのお金を受け取る権利のある者に支払ったのと同じ効果を発生させる手続きです。
遺族が相続の権利について互いに争っている場合等では、誰が相続人なのかが分かりづらく、企業が相続争いに巻き込まれてしまうおそれがあります。そのような事態を防ぐために、就業規則等に「死亡退職金は法定相続人に支払う」旨の規定を設けておくと良いでしょう。
死亡退職金の相場・計算方法
死亡退職金の金額や計算方法は企業が決めることができますが、一般的には勤続年数や死亡時の役職等を考慮して決定します。そして、金額の相場や計算方法は、通常の退職金を参考にすることができます。
通常の退職金を計算するときには、退職時の基本給や、勤務していた全ての期間の平均賃金を参考にする方法等があります。また、退職した理由等によって金額を変動させるケース等もあります。
退職金の算定方法について詳しく知りたい方は、以下の記事を併せてご覧ください。
死亡退職金の支払期日
労働者が死亡した場合の賃金について、労働基準法23条では、権利者(死亡退職金の受給権者)から請求があった日から7日以内(土日祝日を含む)に支払わなければならないとされています。
ただし、就業規則に退職金の支払期日を明確に定めている場合には、労働基準法23条は適用されず、就業規則であらかじめ定めた支払期日に支払えば良いとされています(昭和26年12月27日基収5483号、昭和63年3月14日基発150号)。
退職金制度を設けている会社では、運用のための規程を整備しておくのが通常ですが、その際には計算・支払方法だけでなく、支払期日についても定めておくことが重要です。
労働基準法
(金品の返還)第23条
1 使用者は、労働者の死亡又は退職の場合において、権利者の請求があつた場合においては、七日以内に賃金を支払い、積立金、保証金、貯蓄金その他名称の如何を問わず、労働者の権利に属する金品を返還しなければならない。
労働基準法関係通達
(退職手当の支払時期)昭和26年12月27日基収5483号/昭和63年3月14日基発150号
退職手当は、通常の賃金の場合と異なり、予め就業規則等で定められた支払時期に支払えば足りるものである
死亡退職金支払時の手続きと提出書類
死亡退職金を遺族等に支払う際には、税務署へ書類の提出が必要となる場合があります。
支払い時に、会社が提出要否の判断に迷いやすい書類について以下で解説します。
「退職所得の源泉徴収票」の要否
企業が通常の退職金を支払う場合には、源泉徴収票を税務署に提出し、加えて、退職金を支払った労働者にも交付しなければなりません(所得税法226条2項)。しかし、「死亡退職金」は相続税の計算の基礎に算入されるため、所得税は課税されません。
したがって、源泉徴収票の提出及び交付は不要と解されています。ただし、次項にあげる書類の提出は必要となる可能性があります。
「退職手当等受給者別支払調書」の要否
死亡退職金は、受給権者固有の権利として取得させたものであっても、「みなし相続財産」として相続税の課税対象となります(相続税法3条1項2号)。みなし相続財産とは、遺産ではないものの税法上は遺産と同様に扱われる財産のことです。
会社は、死亡退職金の支払額が受取人ごとに100万円を超える場合には、「退職手当等受給者別支払調書」を税務署に提出しなければなりません(相続税法59条1項2号)。この書類の提出期限は、死亡退職金を支払った月の翌月15日とされています。
問題社員に対する死亡退職金の不支給・減額
懲戒解雇になるほどの重大な背信行為(業務上横領等)を行った労働者について、就業規則の規定により退職金を不支給にしたり減額したりできる可能性はありますが、労働者の死亡後に背信行為が判明したケースでは、基本的には退職金を支払うことになります。
これは、労働者が死亡退職した時点で遺族に退職金を請求する権利が発生していることや、退職した者を懲戒解雇処分にできないことによるものです。
しかし、労働者の生前の行為が非常に悪質であったケース等では、就業規則に別途規定を設けておけば、退職金を不支給又は減額とすることや、支給してしまった退職金の返還を求めることができる可能性があります。
退職金を減額したり不支給としたりできるのはどのような場合かについては、以下の記事で詳しく解説しているので併せてご覧ください。
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この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある