人事異動を拒否されたら|拒否が認められる正当な理由と企業側の対応
監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
人事異動は、業務の効率化や人員整理のために重要な手続きですが、労働者にとっては慣れ親しんだ部署を離れることになる等、大きな負担となることがあります。
本記事では、人事異動の概要や狭義の人事異動(配置転換)について労働者に拒否権があるのか、異動命令を拒否された場合に企業はどのような措置をとることができるのか等について詳しく解説していきます。
目次
人事異動とは
人事異動とは、広義には労働者の配置や地位、職務内容等を変更することです。その結果として、効率的な事業運営や適材適所の人員配置を実現すること等を目的としています。
広義の人事異動にどのようなものがあるかについては、表をご確認ください。
配置転換 | 同じ事業所において、所属部署が変更になる人事異動です。例えば、営業部から総務部への所属部署の変更といったケースです。 |
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転勤 | 勤務する事業所が変わる人事異動です。例えば、勤務地が本社から営業所に変わる等のケースです。 |
出向 | 自社に在籍したまま、子会社等の他の会社に異動して勤務することです。 |
転籍 | 自社との雇用契約を解除して、関連会社などの他の会社と雇用契約を結んで勤務することです。 |
役職の任免 | 労働者に役職を与えることや役職を外すことです。 |
人事異動は、広義には上記表のように複数の種類がありますが、以下では、上記表のうちの「配置転換」と「転勤」の2つを合わせて「人事異動」と言います。
人事異動について、さらに詳しく知りたい方は以下の記事を併せてご覧ください。
人事異動の拒否権について
労働者は、基本的に人事異動の命令を拒否することはできません。これは、正社員だけでなく、パートやアルバイト、派遣社員でも同様です。
なぜなら、使用者は労働者に対する「人事権」を持っているためです。
人事権とは、労働者の地位や処遇を決定する権限のことです。人事異動に応じない労働者は懲戒処分とすることも可能です。
また、異動の件を本人へ内々に伝える「内示」についても、労働者は拒否できないのが基本です。内示は辞令(命令)の前段階で行うものですが、会社からの指示(人事権の行使)には変わりないからです。
会社の人事権が認められる背景には、日本の終身雇用の存在が影響しています。労働者は安定した就労が見込め、解雇のリスクが低い反面、会社の人事権も広く認められています。
人事異動の拒否が認められる正当な理由
人事異動の命令は、無制限に認められるわけではありません。就業規則の内容や労働者の事情によっては、一定の制限がかかることがあります。
また、不当な異動命令は「人事権の濫用」にあたり、違法と判断されるおそれもあるため注意が必要です。
異動の拒否が認められる可能性がある正当な理由として、次のような理由が挙げられます。
- ①異動命令の根拠規定がない場合(ただし、労使慣行が成立する場合には、異動命令も可能)
- ②職種・勤務エリアの限定があり、その限定の範囲外への異動命令である場合
- ③人事異動に業務上の必要性がない場合
- ④人事異動の動機・目的が不当な場合
- ⑤労働者が被る不利益が著しい場合
- ⑥賃金の減額を伴う異動の場合
これらの理由について、以下で解説します。
①異動命令の根拠規定がない場合
就業規則などに異動に関する規定がない場合、企業が一方的に人事異動を命じることはできません。また、労働者に異動を強制することも認められません。
人事権を行使するには、「業務の都合により、異動を命じることがある」など、異動の可能性があることを明示しておく必要があります。
ただし、労働者の「黙示の合意」があれば、就業規則などに規定がなくても異動命令が認められる可能性があります。
具体的には、その企業で慣習的に人事異動が行われてきたケースです。この場合、わざわざ書面で示さなくとも、人事異動の可能性について合意したものとみなされることがあります。
②職種・勤務エリアの限定があり、その限定の範囲外への異動命令である場合
雇用契約書や労働条件通知書で、職種や勤務地が限定されている場合、それに反する人事異動は基本的に認められません。労働者は、その条件で働くことを前提に雇用されているためです。
例えば、「エリア限定社員」などと区分されるのが一般的です。
また、就業規則などに異動に関する規定があっても、これらの労働者は異動の対象外となります。
なお、契約上で職種や勤務地が限定されていなくても、長期にわたって同じ職務に就いている場合、「職務限定について黙示の合意があった」と主張される可能性があります。
③人事異動に業務上の必要性がない場合
人事異動について就業規則上の根拠規定があっても、人事異動を命じる業務上の必要性がないにもかかわらず行われた異動命令は人事権の濫用に当たる可能性があります。
ここでいう必要性は例えば、定期的なローテーション人事異動や、欠員が生じた場合の補充人事異動、成績不良者の他部署への活用等が想定されます。
つまり、「この人の他に人事異動をさせる対象はいない」という程の高度な必要性が求められているものではありません。
④人事異動の動機・目的が不当な場合
人事異動に根拠規定があり、業務上の必要があっても、人事異動の動機・目的が不当な場合には、人事権の濫用にあたるので当該措置は無効となるおそれがあります。
労働者に対する報復や嫌がらせ、退職に追い込むための異動命令は不当とされます。例えば、内部告発をしたことや、性格が合わないなどの理由によるものです。
これは「報復人事」ともいわれ、パワハラにあたるリスクもあります。
⑤労働者が被る不利益が著しい場合
労働者に次のような“やむを得ない事情”があるケースでは、人事異動により労働者が著しい不利益を受けるとして、異動命令が無効となることがあります。
- 要介護の家族がおり、当該労働者以外に介護できる者がいないケース
- 持病の治療のため、特定の病院に通う必要があるケース
- 遠隔地に異動すると、健康状態が悪化するおそれがあるケース
人事異動においては、労働者本人やその家族の事情も配慮したうえで判断する必要があります。
なお、「保育園の送り迎えに時間がかかる」「通勤時間が長くなる」「単身赴任したくない」などの理由は、それ単体では、裁判例上、著しい不利益とはいえないと判断されるのが一般的です。
⑥賃金の減額を伴う異動の場合
人事異動では、労働者の賃金はそのまま維持するのが基本です。賃金は労働契約上の合意によって定められているため、配置転換のタイミングといえども減額することはできません。
そのため、賃金の減額を伴う場合、労働者は異動命令を拒否できるのが一般的です。
本人の同意なく一方的に賃金を引き下げた場合、労働契約違反として違法になります。また、裁判を起こされ、本来の賃金との差額分を請求されるケースも多くなっています。
うつ病を理由とする異動の拒否について
うつ病であることだけを理由に、人事異動を拒否することはできません。
実際の裁判でも、異動後に転院できることや、異動の必要性などを踏まえ、うつ病の労働者に対する異動命令が認められたものがあります。
ただし、同じ精神科に通院する必要がある場合や、異動によってうつ病が悪化するおそれがある場合、異動命令は控えるべきでしょう。
無理やり異動させて病状が悪化すると、企業の安全配慮義務違反が問われ、損害賠償責任を負う可能性もあります。
また、異動によって家族と同居できなくなる場合も、うつ病の悪化を招くおそれがあります。この場合、主治医に同居の必要性なども聞きつつ、慎重に判断する必要があります。
異動命令を拒否された場合の企業側の対応
労働者が正当な理由なく人事異動を拒否する場合、次の対応が必要となります。
- ①人事権についての十分な説明
- ②待遇面の見直し
- ③懲戒処分の検討
- ④退職勧奨・懲戒解雇の検討
これらの対応について、以下で解説します。
人事権についての十分な説明
異動を拒否されたら、会社には人事権があり、異動命令は基本的に拒否できない旨をはっきりと伝えるべきでしょう。 そのうえで、次のような事項について説明しましょう。- 人事異動を行う理由
- 人事異動の対象者を選定する基準
- 人事異動後の勤務場所、勤務部署、職務内容
- 人事異動後の勤務条件の変更点(給与や勤務時間等)
待遇面の見直し
労働者の待遇を見直すことによって、人事異動を受け入れてもらえるケースもあります。例えば、給与の増額や、人事異動に伴って要する引越し費用の負担、単身赴任手当の支給、帰宅のための休日の付与等が考えられます。
適切な対応をするために、労働者が異動を拒否する理由を聞き取ることが重要です。移動拒否の理由に対する処置ができれば、労働者が納得しやすくなります。
懲戒処分の検討
労働者がどうしても人事異動を拒否する場合、懲戒処分も検討する必要があります。例えば、けん責や戒告、訓戒、出勤停止、減給などの措置が一般的です。
ただし、懲戒処分を行うには、就業規則の懲戒規定に明記されていることが必要です。具体的には、「正当な理由なく業務上の命令に従わなかった場合、懲戒処分とする」などと記載しておく必要があります。
また、懲戒処分に相当する客観的・合理的な事由も求められます。
明確な根拠もなく懲戒処分を行うと、労使トラブルとなり裁判に発展するおそれがあります。また、当該措置が無効になったり、労働者から損害賠償請求されたりすることもあるため注意が必要です。
トラブルを防ぐためにも、懲戒処分を行う際は事前に弁護士に相談されることをおすすめします。
退職勧奨・懲戒解雇の検討
労働者の態度があまりにも悪質である場合や、業務に支障をきたす場合等には、懲戒解雇を検討する必要があります。しかし、その前に退職勧奨を行うことも一案です。
退職勧奨とは、企業が労働者に退職を促し、合意のうえで雇用契約を終了することです。解雇よりも穏便に解決できるのがメリットです。
もっとも、退職勧奨が必ずしも適さない場面もあります。例えば、労働者側が勧奨される前から「絶対に辞めない」と意思を表明している場合や、既にハラスメントが疑われる事情によってうつ病を発症している場合等です。
懲戒解雇は最も重い処分であるため、解雇に相当する事由がない場合には「解雇権の濫用」にあたり、無効となるおそれがあります。労使トラブルに発展しやすいため、懲戒解雇は最終手段と捉えておきましょう。
なお、懲戒解雇は言い渡す時期などにも注意が必要です。
さらに、退職勧奨についても、適切な手順を踏まないと労使トラブルに発展するおそれがあります。
それぞれ、詳しくは以下のページをご覧ください。
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この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある