海外勤務(派遣・出張)|労働基準法の適用有無や労務上の留意点など
監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
海外進出を進める企業にとって、海外赴任者の労務管理は欠かせないものです。特に、社会保険の手続きや安全衛生の確保などは、漏れなく対応する必要があります。
社員にとって、慣れない海外生活は心身ともに負担がかかります。安心して勤務してもらえるよう、事前準備はしっかり行いましょう。
本記事では、海外赴任者の労務管理における注意点やポイントなどを解説していきます。ぜひご覧ください。
目次
海外勤務の形態
海外勤務には、以下3つの形態があります。
【海外出張】
日本の企業に所属したまま、“一時的に”海外で勤務することです。一時的なものなので、指揮命令権は日本の企業が持ちます。また、労働条件や労災保険も日本のものが適用されます。
【海外派遣(出向)】
日本の企業に籍を残したまま海外の事業場に所属し、現地の指揮命令下で勤務することです。日本の企業と出向先それぞれと労働契約を締結します。
【転籍】
日本の企業から籍を抜き、新たに海外の企業と労働契約を結ぶことです。労働条件なども海外のものに一新されます。
ただし、どの形態にあてはまるかは実態をみて判断されます。つまり、企業が「海外出張命令」を出していても、現地の指揮命令下で勤務していれば「海外派遣(出向)」とみなされます。
なお、日本の企業の多くは「出向」の形態をとっています。
海外出張 | 日本の企業に所属したまま、海外で労務提供を行うことです。 労務提供の場が一時的に海外に移るだけなので、日本の企業の指揮命令に従って働くことになります。また、労災保険などもそのまま適用されます。 |
---|---|
海外派遣(出向) | 日本の企業に籍を残したまま海外の事業場に所属し、現地の使用者の指揮命令に従って働くことです。 出向元と出向先それぞれの企業と労働契約を締結するため、どちらの労働条件を適用するか協議する必要があります。 |
転籍 | 日本の企業から籍を抜いたうえで、海外の事業場に所属して働くことです。 日本企業との労働契約は終了し、現地企業と新たな労働契約を締結することになります。 |
それぞれの詳細は、以下のページでも解説しています。
海外派遣(出向)と海外出張の勤務例
「出向」や「出張」に、法的な定義はありません。一般的には、「出向」は現地の指揮命令下で長期間勤務することで、「出張」は日本企業の指示で“一時的に”海外に出向くことをいいます。
もっとも、出張の期間に制限はないので、長期にわたっても問題ありません。例えば、3年の海外出張にすることも可能です。
つまり、2つの違いは、期間ではなく「指揮命令権がどちらにあるか」で判断するのがポイントです。
以下では、出向と出張それぞれの業務内容の例をあげていますので、参考にしてみてください。
海外派遣(出向)の例 海外出張の例
- 海外関連会社(現地法人、合弁会社、提携先企業等)へ出向する場合
- 海外支店、営業所等への転勤をする場合
- 海外で行う据付工事、建設工事(有期事業)に従事する場合(統括責任者、工事監督者、一般作業員等として派遣される場合) 等
- 商談
- 技術、仕様等の打ち合わせ
- 市場調査、会議、視察、見学
- アフターサービス
- 現地での突発的なトラブル対処
- 技術取得等のために海外へ赴く場合 等
海外勤務の労働基準法適用の有無
勤務の種類 | 労働基準法 |
---|---|
海外派遣(出向) ※指揮命令は現地の使用者 |
適用されない |
海外派遣(出向) 【例外】指揮命令は日本の企業 |
適用される |
海外出張 ※指揮命令は日本の企業 |
適用される |
労働基準法は国内法のため、日本の企業にのみ適用されます。
海外派遣(出向)の場合、海外の事業場に所属することになるため、労働基準法は適用されません。そのため、労働時間や有給休暇についても海外の規定が適用されるのが基本です。
ただし、派遣先が海外の独立性がない事業場(工事現場など)で、例外的に日本の企業が指揮命令を行う場合、労働基準法が適用されます。
一方、海外出張の場合、労働者は日本の企業に所属したまま業務に従事するため、労働基準法もそのまま適用されます。
海外勤務に適正のある従業員
海外勤務では生活環境が大きく変わるため、適性のある社員を選ぶことが重要です。海外勤務者を選ぶ際は、以下のポイントを押さえましょう。
【語学力がある】
現地の言葉でコミュニケーションがとれないと、業務の遅れやミスにつながるおそれがあります。派遣前に、ある程度の語学力を身に付けておく必要があるでしょう。
【柔軟性や適応力がある】
海外勤務では、日本では考えられない事態が発生することもあります。例えば、業者が納期を守らなかったり、従業員が突然退職したりするケースです。
これらの事態にも柔軟に対応できる人材が求められるでしょう。
【異文化への理解がある】
海外勤務では、仕事だけでなく日常生活も大きく変わります。現地の文化に馴染めないと、一定期間滞在するのは難しいといえます。
これらの要件を求人サイトなどに掲載しておくと、海外勤務に適正のある労働者をスムーズに採用することができます。
海外勤務における労務上の留意点
海外勤務をさせる前に、企業はさまざまな準備を行う必要があります。特に、以下のような労務手続きを漏れなく行いましょう。
- 就業規則への記載
- 海外勤務規定の作成(手当・給与などの労働条件)
- 社会保険等の適用の有無
- 税務処理
- 海外勤務先の危機管理
- 海外勤務中の安全衛生対策
以下で具体的にみていきましょう。
就業規則への記載
海外勤務の可能性がある場合、就業規則にその旨を必ず記載しましょう。就業規則の定めなく、社員に海外勤務をさせることはできません。
また就業規則とは別に、海外勤務中の労働条件などを定めた「海外勤務規定」も作成が必要です。
これは、勤務先が変わることで、賃金や労働時間、福利厚生などの労働条件に不利益が生じないように作成するものです。社員の利益を考慮し、バランスのとれた労働条件を決めておきましょう。
海外勤務規定の作成 (手当・給与などの労働条件)
海外派遣(出向)の場合、賃金や休日、保険などの労働条件は現地のものが適用されます。そのため、場合によっては社員が大きな不利益を被る可能性もあります。
日本と同水準の生活ができるよう、海外勤務中の賃金や手当については「海外勤務規定」として明確に定めておくことが重要です。一般的には、以下のような項目について定めます。
- 勤務条件・休日
- 給与の計算方法
- 税金・保険料等
- 赴任・帰任旅費
- 赴任者の家族
- 海外勤務手当
- 海外勤務により不利益が生じないようにするための配慮のための措置
各項目の詳しい説明は、以下のページでご覧いただけます。
社会保険等の適用の有無
社会保障がそのまま適用されるかは、海外勤務の実態によって異なります。
日本の企業から賃金が支払われている場合、社会保険や雇用保険の資格も継続するのが一般的です。
一方、海外の事業所が賃金の全部または大部分を支払っている場合、日本の社会保障は適用されないのが基本です。
以下でさらに詳しくみていきましょう。
健康保険
日本の企業と使用関係が継続していれば、海外勤務中も適用されます。
もっとも、海外で保険証は使用できないため、医療費は一旦全額本人が負担することになります。帰国後に海外療養費を請求したうえで、自己負担分以外の払戻しを受けるのが基本です。
厚生年金保険
社会保障協定が締結されている国へ赴任した場合、日本の企業と使用関係が継続していれば、厚生年金保険が適用されます。しかし、保険料は支払い続ける必要があります。
また、派遣(出向)期間が5年以上の場合、日本の年金制度は適用除外となるため、現地の年金制度に加入することになります。一方、社会保障協定締結国以外の場合は、日本の年金制度に加えて、当初から現地の年金制度にも加入することになります。
なお、現地の年金制度に加入していた期間は、日本の年金制度の加入期間に通算されるのが一般的です。
介護保険
介護保険は、日本に居住する40歳以上65歳未満の者が保険料を支払います。
該当者が海外勤務をする場合、企業が日本年金機構又は健康保険組合に「介護保険適用除外該当届」を届け出ることで、出国した月から保険料の支払いが免除されます。
雇用保険
日本の使用者との雇用関係が継続していれば、継続して被保険者となります。なお、雇用保険に基づく失業保険等の支給の計算根拠は、日本の使用者から支払われる給与が基準となります。
一方、雇用関係が終了していれば、資格を喪失します。
労災保険
労災保険は日本国内で働く者に適用されるので、海外勤務者には適用されません。しかし、海外には労災保険がない国もあれば、補償が薄い国もあります。
そこで、海外で労災が発生したときも日本と同水準の補償が受けられるよう、「労災特別加入制度」が設けられています。加入条件や加入方法はきまりがあるため、事前に把握しておきましょう。
「労災特別加入制度」の詳細は、以下のページで解説しています。
税務処理
海外勤務をした場合、日本だけでなく現地の課税制度も適用されるのが基本です。しかし、それでは二重課税となり手続きも煩雑なため、一定の要件を満たせば海外での課税が免除されます(183日ルール)。
183日ルールとは、日本と租税条約を締結している国で勤務した際、1年の滞在期間が183日以内であれば、その国の課税が免除される仕組みのことです。短期滞在者免税制度ともいいます。
ただし、給与の支払先や負担先などの「支払要件」もあるため、事前に確認が必要です。
なお、要件を満たさず二重課税されてしまった場合、税務申告で「外国税額控除」を行うことで、支払った税金の一部または満額の還付を受けることも可能です。
日本における課税制度については、次項から解説します。
所得税
海外勤務の期間によって、課税の有無が異なります。
海外勤務が1年以上の場合、「非居住者」となり、所得税が非課税となります。
ただし、出国するまでに確定した収入については、年度の途中で年末調整を行う必要があります。
また、給与以外に一定の収入がある者は確定申告が必要となるため、出国前に納税管理人(代理人)を指定しておく必要があります。
一方、海外勤務が1年未満の場合、「居住者」となり、日本の所得税が課税されます。
住民税
住民税は、毎年1月1日時点で居住している市町村に納めます。よって、海外勤務の期間が1月1日をまたぐ場合、その年の住民税は課税対象外となります。
また、1年以上の長期間で海外勤務をする場合も、出国した翌年以降の住民税は免除されます。
なお、どこに居住しているかはまず住民票で判断されるため、海外勤務が決まった場合、その年の12月31日までに住民票を移すよう促しましょう。
年末調整
海外勤務が1年以上の場合、出国時から「非居住者」として扱われます。そこで、出国までに確定した収入をもとに、年末調整を行う必要があります。対象となるのは、その年の1月1日から出国した日までに確定した給与です。この場合に受けられる所得控除は、以下のとおりです。
所得控除の種類 | 注意事項 |
---|---|
社会保険料控除、生命保険料控除、医療費控除 | 居住者であった期間に支払った金額 |
配偶者控除、配偶者特別控除、扶養控除 | 出国時に控除の対象となる者に係る所得控除額が控除できる ※対象は、出国時に生計を一にしていた親族関係にある者 ※合計所得金額は、出国時に見積もったその年の1月1日から12月31日までの所得の合計 |
また、給与以外にも不動産の貸付けなどによる収入がある場合、「納税管理人」を定め、確定申告を行う必要があります。ここでの雑損控除や寄附金控除および基礎控除は、1年を通して控除額を計算できます。
納税管理人は法人が担うこともあるので、きちんと対応しましょう。
なお、役員が海外勤務に対する報酬を受ける場合、基本的に国内源泉所得に該当するため源泉徴収が必要となります。
海外勤務者の税務処理はとても煩雑なので、弁護士などの専門家に相談するのもおすすめです。
海外勤務先の危機管理
海外には、テロや政情不安、犯罪などのリスクが高い地域もあります。
企業は、あらかじめこれらのリスクを把握し、必要な安全対策を講じなければなりません。例えば、セキュリティが強化された住宅を手配したり、事業場への送迎を手配したりするなどの方法が考えられます。
また、危機管理の方針についてマニュアルを作成し、定期的に評価・見直しを行うことも求められます。
具体的な流れについては、以下のページをご覧ください。
海外勤務中の安全衛生対策
企業は、労働者の健康リスクにも対応する必要があります。健康リスクには、感染症や大気汚染、医療設備の不足、メンタル不調などさまざまな要因が考えられます。
また、海外勤務中の健康被害は避けにくく、比較的発生しやすいため、日常的な対策が求められるでしょう。
具体的な対策としては、健康診断の実施が挙げられます。法律上、6ヶ月以上の海外派遣前・後には、企業が健康診断を実施することが義務付けられています。
その他、産業医や保健スタッフと相談のうえ、適切な安全衛生対策を講じることが重要です。
安全衛生対策についてさらに詳しく知りたい方は、以下のページをご覧ください。
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この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある