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海外勤務の危機管理

弁護士法人ALG 執行役員 弁護士 家永 勲

監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員

海外に限ったことではありませんが、予測できない事件や災害等の危機が労働者を襲うケースが稀にあります。しかし、そのような事態が海外拠点で起こった場合、企業はどのような対応をすべきでしょうか。また、企業が事前に備えておくべきこと、防止するためにしておくべきことは何なのか等、海外勤務における危機管理について解説していきます。

海外勤務者の危機管理と企業の法的責任

使用者は、日本国内の勤務者だけでなく海外勤務者の健康管理や安全の確保についても義務(安全配慮義務(労契法5条))を負っています。それに伴って、使用者は海外勤務者に起こり得る危機を想定し、それを予防するよう努めなければなりません。

そのためにも、以下で解説していくような、危機を防止する管理体制や、万が一労働者が被害に遭った場合の管理体制を整備しておく義務があるといえます。

労働契約法
(労働者の安全への配慮)第5条
使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。

海外勤務の危機管理体制の構築について

海外の勤務先によっては、事故や犯罪といった外部からの危機が多発する地域もあるでしょう。その他、外部からの危機だけでなく、環境の変化による健康的・精神的被害といった危機も視野に入れておかなければなりません。企業は労働者に起こり得るこのような危機をあらかじめ想定し、予防や対策をとるために社内の危機管理体制を整えておく必要があります。

以下では、企業が海外勤務の危機管理体制を敷くにあたって、必要・重要になってくる事項について解説していきます。

海外危機管理の方針の明確化

企業は、海外勤務者が現地で事件や事故等に巻き込まれてしまった際に備え、危機管理の方針等を定めておく必要があります。

そのためには、万が一にも、海外勤務者が重大な事故・事件等に巻き込まれてしまった場合の対応をマニュアル化する等して明確にし、企業がどのような対応をすべきか、共有しておくことが重要となります。

海外危機管理の組織・体制の確立

海外勤務を伴う企業は、労働者が海外で危険にさらされた場合に即時に対応できるよう、企業内に危機管理の対応をする組織や体制等を確立しておく必要があります。

これを確立するには、まず社内で海外危機管理を担当できる部署や組織等を明確にすることが大切です。さらに、実際に事件や事故等が発生した場合には、責任者の判断や決断が求められます。

そのため、海外勤務者の安全・健康確保を担う責任者や、海外危機管理の担当者、事件・事故が起きた場合にやるべきこと等を明確化する必要があります。

情報収集

危機管理体制の整備をより良いものにするためにも、日々変化する情報を収集する必要があります。安全管理・危機管理のため、現地の安全性や情勢といった情報を収集できるような環境作りと、現地では得ることができない情報を日本の社内にて収集することも重要となっていくでしょう。

さらに、収集した情報から正確なものを見極め、取捨選択し、海外の拠点と国内とで情報を共有できる環境も整備する必要があります。

リスクの評価・分析

海外の危機管理は、リスクに対しての平時からの備えが大切となります。正確な備えをするためにも、海外で起こり得るリスクを幅広く洗い出すことが重要となります。

さらに、洗い出したリスクは経営にどのような影響を及ぼすのか、発生頻度はどの程度か等を評価し、優先的に対処すべきリスクを特定することが必要になります。ただし、海外勤務先の国や地域によって起こり得るリスクの種類が異なるため、そこを踏まえた洗い出しが必要となります。

また、リスクの洗い出しができたら、評価と分析が大切になります。海外拠点が多ければ、各拠点の自己評価を実施するか、数年に1回は現地へ行き、調査する等といった対応をとるケースもあります。特に、情勢が不安定といった危険地域には頻繁に調査へ行く必要もあるでしょう。

マニュアルの作成・研修等の実施

海外勤務時に限ったことではありませんが、危機管理体制を整備するほか、事件・事故等が生じた際に対応・対処できるよう、マニュアルの作成が必要です。マニュアルを作成しておくことで、万が一、非常事態が起こったとしても、混乱を最小限に抑える対応ができると見込まれます。

また、マニュアルに沿った対応をするためには、マニュアルを作成するだけでなく、全ての関係者に配布をする等の周知、さらに、マニュアルに沿ったシミュレーション訓練、海外での安全対策・危機管理についての研修等をすることが大切になります。

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自然災害の危機管理対応

自然災害はいつ、どこで発生するか予測がつきにくいものです。甚大な自然災害が起きた場合、まずは労働者の安否確認が最優先となります。しかし、災害が発生すると、多くの場合は停電が生じ、ネットワークも止まる傾向にあります。使用者はそのような事態が起こったことを想定し、対策を備えておく必要があるでしょう。

以下では、自然災害における使用者の危機管理対応について解説していきます。

気象情報の収集

地震等の自然災害は予測が難しく、対策が限られてきます。しかし、台風や大雨、火山活動等は、気象情報等によって、ある程度は予測ができる場合もあります。この場合、各拠点において、必要に応じ気象情報を収集し、注意を促すことが大切になってきます。また、得た情報は災害の対応に必要になるため、素早く関係者に伝達することが望ましいでしょう。

また、気象予報等によって、災害に遭うリスクを事前に把握できる場合は、労働者を出勤させずに自宅待機を命じる等といった安全対策も講じるべきでしょう。

緊急連絡網の整備・更新

夜間や休日に自然災害が発生すると、労働者や関係者への連絡・指示をする必要が生じるため、緊急連絡網を整備しておかなければなりません。人事異動等によって変更が生じた際には、その都度更新をしていくことが大切となります。

緊急時の生活物資の備蓄

甚大な自然災害が起こると、帰宅が困難になる労働者も出てきます。海外の支社で待機といったことも考えられるため、そのような緊急事態に備え、多めに、人数分以上の食料や日用品等を備蓄しておきましょう。

自然災害リスクの評価

自然災害の予測は困難ですが、その地点の気候や災害の発生頻度等は調査することができるため、それに則ってリスクを評価することは可能です。

自然災害のリスクを評価することは、優先すべき対策や経営資源を配分する判断等のために有効となります。なお、評価する際に注意すべき点としては、以下の3点が挙げられます。

広範囲の自然災害や気象データに基づいて評価する

自然災害の発生傾向を調査するには、過去のデータが必要となります。しかし、海外の地域によってはデータが不十分だったり、入手困難であったりする場合があります。その場合は、コンサルティング会社を活用する等して情報を集め、自然災害のデータを評価するべきでしょう。

周辺地域の状況を評価する

自然災害のリスクは、周辺の建物や地形等によって変化します。例えば、水害リスクは、河川の高低差等によっても変化します。よって、周辺の環境や状況を踏まえたリスク評価をする必要があります。

 

現地や周辺の防災対策状況も併せて評価する

建物の耐震状況、周辺の河川の治水状況等によってリスクは変化します。防災対策済みの状況を勘案して評価することで、対策を強化する際の優先順位を判断しやすくなります。

安否確認

自然災害が起きた際、最優先に行うことは労働者の安否確認です。ただし、大規模の災害に遭うと、通信が遮断されてしまい、確認が困難になるおそれがあるため、それを想定した安否確認の手段を準備しておく必要があります。

具体的には、連絡手段が使用できる場合は避難場所や交通機関等を所属長に報告する、連絡手段が使用できなくなった場合は代替機器を確保する等といったルールを決めておくと効果的でしょう。

被害状況の把握・二次被害の防止

海外拠点にて自然災害が起きた際は、安否確認と共に被害状況を把握する必要があります。被害状況を把握することで、業務を通常の体制に戻し、また継続することができるかどうかの判断ができます。また、必要に応じて、日本の支社に対しても、情報収集に協力するよう求められるでしょう。

加えて、自然災害が起きた際は、二次被害が生じやすくなります。例えば、大地震後は余震による倒壊等の被害、洪水時には感電事故、災害があった際に設置される避難場所では感染症の蔓延等が起こりやすくなります。このような二次被害は一定程度予測可能であるため、発生しても混乱しないよう、マニュアルの整備やリスクの理解をしておく必要があります。

感染症の危機管理対応

毎年流行するインフルエンザや、2020年から猛威を振るっている新型コロナウイルス(COVID-19)等の感染症は、いつ、どこで、だれが、どのように感染するか分かりません。特に海外には、日本では把握されていないような感染症も存在しているため、十分な警戒が必要となります。

このような感染症への対策や対応も企業に求められるものであり、労働者を海外勤務させる場合は、十分に注意しなければなりません。以下では、企業の感染症に対する危機管理対応について解説していきます。

また、厚生労働省では感染症情報や渡航の際に必要なワクチン情報等を発信しています。詳しくは、下記のページをご覧ください。

感染症の情報収集

毎年同じ季節に流行する感染症もありますが、新たに発生する感染症もあります。現地で流行する感染症の情報については個人でも会社でも収集し、各々注意をしなければなりません。

また、新たな感染症が流行した場合、迅速に情報を収集し、社内へ提供する必要があります。加えて、実際に現地で感染症が流行すると、労働者やその家族の心理的不安が高まることがあるため、心理的サポートも重要となります。

備品の整備

感染症の流行時には、感染予防物品(マスク、ゴム手袋、アルコール消毒等)の不足や入手困難な状況が想定されるため、企業は多めに、労働者の人数以上の備蓄しておくことが望ましいでしょう。その他にも、感染拡大によって外出を自粛するおそれもあるため、日用品や食料等の備蓄も合わせてしておくと安心です。

マニュアルの整備・訓練等

仮に、海外拠点で感染症が流行した場合や、労働者から感染者が出た場合、企業は即座に適切な対応をとらなければなりません。そのため、あらかじめ社内にて感染症対策に関するマニュアルを作成し、関係者へ周知する必要があるでしょう。

さらに、実際に感染症が流行したことを想定したシミュレーション訓練をすることは、マニュアルに沿った対応で問題がないか、スムーズに連絡や情報共有ができるかといった事前の確認ができるため、対応力の強化に有効といえるでしょう。

事業継続計画の策定

事業継続計画(以下「BCP」とします。)とは、企業が自然災害やテロ等の緊急事態に遭った場合、損害を最小限にとどめ、早期復旧を可能とするために、平常時に行うべき措置や緊急時における事業継続のための方法、手段等を決めておく計画のことです。

自然災害等を対象としたBCP策定をする企業は多いですが、感染症を想定してBCP策定をする企業は少なくなっています。

新型コロナウイルスの拡大の際は、国としての緊急事態宣言の発令により、多くの企業が働き方を変えたり、海外支社がある企業では労働者を帰国させたり等、多くの混乱を招いたことでしょう。BCPを策定することによって、海外勤務者の安全確保につながります。

労働者を守ることはもちろんですが、企業を守るためにも感染症を対象としたBCP策定をおすすめします。

海外勤務者への対応

企業は平常時から海外勤務者に対して、感染症やメンタルヘルス対策等の健康管理対策をしておく必要があります。具体的には、基本的な健康診断の実施や、感染症予防のワクチン接種、現地の医療機関の選定等が求められるでしょう。

ただし、パンデミックが発生した場合、労働者の安全確保が最優先となります。日本と現地とで連携し、状況変化に対応した行動をとることが重要になります。さらに、海外勤務者に帯同家族がいる場合は、早めの帰国をさせることが基本になります。

同様に、海外勤務者本人の帰国や避難も早急に対応しなければなりません。場合によっては、出国ができなくなってしまうおそれもあるため、迅速な対応が求められます。

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政情変化の危機管理対応

近年、海外で起こった戦争や内乱、デモ、暴動、テロ等のニュースをよく耳にするかと思います。海外勤務者が、それらの政情不安に巻き込まれてしまうリスクが常にあること、実際に巻き込まれ犠牲者が出た事件があることに留意しておくことが重要になります。そのような政情不安が発生した場合、企業活動に大きな影響を及ぼすおそれもあります。

以下では、企業が海外の政情変化に対する危機管理の対応について解説していきます。

政情変化に対する危機管理方針の明確化

企業は、海外の拠点で起こり得る政情変化リスクに対する危機管理方針を明確にしておく必要があります。

例えば、政情不安によって著しく情勢が悪化した場合、労働者や関係者、その家族等を避難させなければなりません。労働者等の安全確保は大切になってきますが、企業として重大な経営判断を要することになります。

この点から、企業は経営面での判断基準・判断手順もあらかじめ明確化し、緊急時に迅速に対応できるよう、備えておくべきです。

政情変化に対する危機管理体制の構築

政情不安により海外拠点に緊急事態が生じ、その状況を把握した場合、早急に対応等の指示をしなければなりません。迅速な行動を可能にするため、日本の本社は現地の状況の把握、連絡等を行う者や部門といった組織と体制を整える必要があります。

政情変化の情報収集・リスク評価

自然災害と同様に、政情不安の予測は困難であるため、より多くの情報収集と分析が大切となります。

正確な情報を収集するためにも、日本の外務省HP、現地や各国の外務省HPを確認することが望ましいでしょう。近年では様々なSNSが広まっていますが、不確実な情報も含まれているため、冷静な分析及び判断が必要になります。

マニュアルの整備・訓練等

政情不安によって緊急事態が生じた場合、避難や対応等のためのマニュアルを策定しておくことが重要になります。日本の本社、現地の支社、労働者等がそれぞれ何をすべきかを明確にし、その旨を周知・徹底しなければなりません。

マニュアル策定に際して、以下の点は特に明記しておくようにしましょう。

  • 緊急事態発生時の報告ルール、通信手段
  • 安否確認方法
  • 緊急避難手順
  • 情報の保護、廃棄方法(略奪による情報漏洩の防止) 等

なお、マニュアル策定だけにとどまらず、関係者への周知を徹底し、理解を深めるようにしておく必要があります。さらに、いざ緊急事態となったときに迅速に対応できるよう、状況に応じた訓練をしておくことも重要となります。

その他生活習慣・メンタルヘルスにおける企業対応

海外勤務となると環境の変化等によって、労働者の生活習慣が乱れ健康被害に遭ったり、メンタルヘルス不調に陥ってしまったりするおそれがあります。企業は、労働者の健康と安全を確保する義務(安全配慮義務)を負うため、定期的な健康診断の実施やメンタルヘルスケアを行う必要があります。

海外勤務者に対する健康診断実施等の安全衛生については、下記のページにて解説していますので、併せてご覧ください。

海外派遣者の安全衛生について
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この記事の監修

執行役員 弁護士 家永 勲
弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)

執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。

近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある

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